わたしのいもうと
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人気ランキング : 16,503位
定価 : ¥ 1,260
販売元 : 偕成社
発売日 : 1987-12 |
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子どもに想像する力を!それにしても凄まじい |
これは凄まじい物語です。しかも誰にも知られることのない。
いじめをやって、大人になって振り返って、それをちょっと反省して
いい人になってしまった普通の人たちが、そんなことやっても意味が
ないってことを思い知らされてしまう。
大事なことは子どものときに、自分がどんなことをやってるかという
ことをイメージさせてやることだ。
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小学校最後の学習発表会で |
私は、この4月に中学校に入学します。
机の整理をしていて、半年前の小学校最後の学習発表会の台本が出てきました。
私は学習発表会で6年生の出し物の実行委員をやっていて、内容を決めるときに、いじめをテーマにしよう、と決まりました。
私のクラスでも数年前にはいじめがあって、その経験から、もういじめはいやだ、という思いでいじめをテーマにしました。
そして台本を作るとき、原作を何にするか考えていたとき、担任の先生がこの絵本を持ってきてくれて、みなが賛成し、この「わたしのいもうと」を原作としました。
そして学習発表会では私が妹役をして、最後には泣いてしまいました。
本当にためになる話だと思います。そして、この話は一生の宝物です。
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その高校生は、恋をして子を産み、母親になります。 |
いじめた側は、自分のしたことを忘れ、
我が子を守るために声高に訴えるでしょう。
「イジメはなくすべきだ」と。
いじめた側は、
過去を振り返ることなく、自らの意見を正しいと思うでしょう。
「イジメはよくない」と。
いじめた側は、
ただただ他人を責め立てるでしょう。
「周りが悪い」と。
そしてけっして自分の胸に手をあてることなく、
状況や相手を考えず、
自分本位だけでモノゴトを進めていくでしょう。
そして、イジメは復讐などというスタンスでなく、
個別の繰り返しとして連鎖を重ねていきます。
問題がないと顔を背ける方、耳をふさぐ方、口を閉ざす方にこそ、
そして親になるだろう人達と親を務めている方々に、
あらためて手にして欲しいと思います。
そして考えて欲しいと思います。
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小学生低学年向けとありますが、それだけではもったいない |
本書が生まれたきっかけは、童話作家・松谷みよ子氏のもとへ寄せられたある一通の書簡でした。それは、小学生の時の転校を契機にいじめの標的とされてしまった妹について、ある女性が綴った想い出でした。
反戦を静かに語る「平和のために」という大きなテーマ設定の絵本シリーズにこのいじめの物語が含まれた理由は、「差別こそが戦争への道を切り拓く」という思いがあったから、とあります。いじめとはまさに差別のもっとも原初的な現れですが、実際にそうした視点でいじめの問題を見つめている人が決して十分に多くはないことを、今更ながらに指摘しているのが本書の重要な点です。
妹に対して、自室にこもってしまうほどに苛虐の手を加えていた子供たちが、加害者としての自覚もないまま当たり前のようにして中学生、高校生となっていく。自分たちが生きていたことが、他の誰かの人生を大きく左右してしまうということの深刻さには思いが至らないのです。
この子らに決定的に欠けているのは、「想像力」です。自分以外の誰かの心は見ることができないからこそ、その「目に見えないものに思いを馳せる力」が人間には求められます。犬や猫にはおそらく備わっていない、人間にだけ許されているはずのこの「想像力」が欠落した人間が、いかに容易に容赦なく暴走することが出来るかについて、この絵本は静かに、そして厳しく問うているのです。
本書は1987年に出版されたものですが、ここに描かれている事柄は残念なことに17年を経ても好転しているとはおよそ言えず、それどころかむしろ苛酷化しているといえます。
私たちは前に一歩も進んでいない、進むことはもう望むべくもない、ということなのでしょうか。
少しでも前進できるように、多くの子供たちが本書を手にすることを願うばかりです。
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悲しすぎる・・・ |
この本は実際にあった話を元につくられました。転校がきっかけでいじめられてしまうようになった妹。そのうちに学校へ行けなくなり家に閉じこもる。しかし、いじめた人たちは何もなかったかのように中学、高校と進学していく。
妹は鶴を折りはじめ、母も泣きながら鶴を折る。その鶴の行き先は・・・